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  • 沖胡牧師 日々のみ言葉

    10月22日
    エペソ人への手紙1:8−9
    8 この恵みを、神は私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、
    9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、この方にあって神があらかじめお立てになったみむねによることであり、

     この世の支配者や特権階級の人たちに選ばれた人たちが少ないのは、彼らが全く選ばれていないという事ではありません。パウロは当時の超エリートでした。ダビデは王様で、ヨセフは総理大臣でした。ダニエルやネヘミヤは王のそばで仕える官僚でした。しかし、全体の数から考えると少ないでしょう。初代教会の多くの兄弟姉妹たちの多くは奴隷でしたし、歴史的に見れば「迫害され、搾取された側」が圧倒的に多いのです。ですから、「地上の祝福がないから」と失望しないようにしましょう。むしろ、多くの人は苦難の中で主に出会うのです。自分の罪深さを悟り、主イエスを愛し、聖霊の働きを受けているならば「選ばれて」いるのです。さて、この事は「何を目標に生きる」を示しています。この世の支配者や権力者は、自分たちの利益追求に夢中です。稼ぐために生きています。しかし、主に愛されている者たちは「天国での完全な贖い」を目標に生きています。この世は過ぎ去り、誰もがいずれは棺桶に入るのです。「人生は楽しければ良い」という刹那的な生き方をしてはいけません。罪赦され、天国への希望が与えられている者として生きましょう。また、楽しむために生きる、というような快楽主義的な生き方に陥ってはいけません。奥義を知らされたと言うことは、奥義を伝える使命が与えられているのです。

    10月21日
    エペソ人への手紙1:8−9
    8 この恵みを、神は私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、
    9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、この方にあって神があらかじめお立てになったみむねによることであり、

     では、「知恵と思慮深さ」とは何でしょうか。知恵とは原語ではソフィアです。ソフィアとは一般には哲学を指します。哲学は神を理解しようとする学問です。しかし、有限な人間に無限な神を正しく探究することはできません。昔は哲学、今は科学です。しかし、科学も神を発見するどころか神の存在を否定さえしています。いずれも、ただ現象から推察する事しかできないからです。次に、思慮深さですが、この言葉はマタイ16:23において、「下がれ。サタン。あなたはわたしの邪魔をするものだ。あなたは神のことを思わないで、人のことを思っている。」と主イエスがペテロを叱責した場面で使われています。つまり、「知恵」が知識と理解であれば、この「思慮深さ」とは感情を伴った思い、という事ができます。人間は知識、理解、心で物事を判断します。なぜ、誰でも読める聖書を読みながら、神の奥義を理解できないかの理由は二つです。まず、この世の間違った知識に洗脳されている状態では聖書を正しく理解することはできないのです。そして、罪の性質が霊的な事に心を向けさせないようにしているのです。「肉に従う者は肉的なことをもっぱら考えますが、御霊に従う者は御霊に属することをひたすら考えます。」(ローマ人への手紙8:5)とある通りです。罪人は自分の罪を悟れず、神の前に謙遜になれないのです。ですから、主は「まことに、あなたがたに告げます。あなたがたも悔い改めて子どもたちのようにならない限り、決して天の御国には、入れません。」(マタイ18:3)と言われたのです。しかし、聖霊の働きがなければ、救われる事はできません(ヨハネ3:5)。聖霊は、知識を正しく導き、心を主に向けさせるのです。また、自分の罪深さを悟らせるのです。「その方が来ると、罪について、義について、さばきについて、世にその誤りを認めさせます。」(ヨハネ16:8 )とある通りです。そして、聖霊は選ばれた人たちに働きます。「 兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。」(1コリント1:26ー27)

    10月20日
    エペソ人への手紙1:8−9
    8 この恵みを、神は私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、
    9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、この方にあって神があらかじめお立てになったみむねによることであり、
     しかし、キリスト教界で、この「奥義」を神秘的なものにしてしまおうという運動が起こりました。つまり、奥義を不明確で、漠然として、決められないものとしてしまったのです。そして、信仰とは不明瞭ものであって、はっきりと説明できないとしたのです。また、「真理とは神との出会いの瞬間」であって、「霊的なもの」であると言うのです。そして、彼らは「聖書は人間が書いた間違いの本だけれども、神がその霊的な解き明かしに用いる書物」としてしまったのです。彼らは言います。「真理とは、言葉や文章に書き表せるようなものではない」と。そして、神については「文章で学ぶ」のではなく、「霊的体験者によって教えられる」ものとしたのです。そして、「(神の言葉を直接聞いて?)神について知っている人」を見つけたら、「その人が体験した神の事」を疑いもなく信じて、それが真理のごとく広がっていくのです。この事は「エキュメニカル運動」の土台となり、教会の一致運動を展開させているのです。つまり、「聖書を横において、はっきりとしたことは言わずに、どんな形でもキリストさえ信じていれば私たちは一つ。」となり、さらに「他の宗教(無神論も含めて!)も、それと知らずにキリストを体験しているので、救われる」と驚くべき結論を出しているのです。しかし、これらは「反聖書的な運動」「反キリスト」でしかありません。まさにマタイ7:21-2が行われているのです。「聖書の言葉を受け入れたくない」のと「聖書がわからない」という事は全く別の問題です。彼らは「奥義」という言葉を利用して、キリスト教信仰をぼやかし、明確に定義できないものとしたのです。しかし、聖書の言葉は人間の知能をもっていれば誰でも理解できます。子どもでも大人が説明すれば分かります。主が「天地の主であられる父よ。あなたをほめたたえます。これらのことを、賢い者や知恵のある者には隠して、幼子たちに現してくださいました。」(マタイ11:25-26)と言われたのは、「同じ言葉を読んでも、神が知らせようとしない者は受け入れない」という意味です。つまり、「聖霊の働きがなければ悟れないオープンにされている秘密」なのです。

    10月19日
    エペソ人への手紙1:8−9
    8 この恵みを、神は私たちの上にあふれさせ、あらゆる知恵と思慮深さをもって、
    9 みこころの奥義を私たちに知らせてくださいました。それは、この方にあって神があらかじめお立てになったみむねによることであり、

     原語では3節から14節までは一文です。長いので分かりやすく(?)するために区切られてしまっているのです。「大賛歌」と言われています。この8、9節の特徴は「奥義(ムステリオン)」を知らせてくださったという事です。奥義とは聖書的には「知らされていなかった事を教える」という意味で、「一部の人だけが何かの努力によって分かる」という意味ではありません。翻訳では8節の「あらゆる知恵と思慮深さをもって」が神なのか人なのかに分かれています。英語の訳は二分され、日本語の聖書でも分かれています。新改訳聖書では「神の知恵と思慮深さ」ですが、口語訳では「あらゆる知恵と悟りとをわたしたちに賜わり」とあるように、人に与えられた知恵と思慮深さです。大事な違いではありますが、しかし、どちらの訳でも意味の大きな違いはありません。9節に「私たち」とあるからです。私たちとは教会であり、「選ばれた人たち」のみがわかるのです。では、何か隠されている秘密があるのでしょうか。いいえ、この奥義と思慮深さとは「福音の事」です。誰でもわかります。しかし、福音を感動をもって受け入れるのは選ばれた人だけなのです。それは、罪の性質とは「神に敵対」するので、神の前に謙遜に出ようとはしないからです。「十字架のことばは、滅びに至る人々には愚かであっても、救いを受ける私たちには、神の力です。」(1コリント1:18)とある通りです。
  • 世界食料デー芦屋大会2021

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    2021世界食料デー芦屋大会URL




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    早天祈祷会

    現在、新型コロナウイルス対策として早天祈祷会は礼拝堂で行われています。マスク着用の上、席は離れて座ってください。熱、咳が通常以上に出ている方、同居家族に新型コロナウイルスの感染者がいる方はご遠慮ください。感染リスクのある方もご遠慮ください。 火曜日〜土曜日午前6時半より個人祈祷会、教会のための祈り。火曜日から金曜日はリビングライフのその日の箇所をCGNTVで一緒に観ます。土曜日は月2回牧師のメッセージがあります。

歓迎します

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ヨハネによる福音書 3:16
「神はそのひとり子を賜わったほどに、この世を愛して下さった。それは御子を信じる者 がひとりも滅びないで、永遠の命を得るためである。」

このサイトをみてくださっているあなたを心から歓迎します。AGC(芦屋福音教会)は、あなたが神と出会い、神と共に歩まれることのお手伝いしたいと願っています。人生は出会いは決まると言われています。良き先生、愛する人、信頼できる友人と出会うように、ぜひ、創造主なる神様に出会ってください。宗教というと、何か強制されそうで怖いという方がいます。AGCでは献金を含め、強制は一切ありません。教会の様々なプログラムには誰でも参加できます。ホームページをご覧になって「参加してみたい」と思うことがありましたら、ご気軽に教会までご連絡ください。 主任牧師 沖胡一郎

John 3:16
"For God so loved the world, that he gave his only Son, that whoever believes in him should not perish but have eternal life.

AGC opens to everybody. People are afraid of religion because religion requires a lot from seekers and non-members. Our church does not requires anything until you become a member and have desire to offer.  We have small groups, Bible studies, counseling with free of charge. So if you are interested in our church, please contact our staff or send e-meil to us.

pastor ichiro okiebisu

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主任牧師 沖胡 一郎  pastor Ichiro Okiebisu

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